柏木昭男

柏木昭男という人物

柏木昭男さんは1990年1月にオーストラリア北部のダーウィンに4日間滞在して、その時にカジノに行ってバカラをしたところ、なんと約29億円を手にしたという記録が残されています。

その時にウォーリアー=「戦士」という意味でニックネームが付けられ、ギャンブル業界で世界的に一気に有名になりました。

ドナルド・トランプとの出会い

毎月のように海外のカジノに訪れていた柏木さんは、基本的にVIPの扱いを受けています。

なので、宿泊費や渡航費や食事代も全部カジノ側が負担してくれました。

オーストラリアで29億円を稼いだその1か月後に、ドナルド・トランプと出会うことになります。

後にアメリカ大統領になりますが、当時のトランプ氏はアメリカの不動産王でアトランティック・シティに「トランプ・カジノ」というカジノを所持していました。

その時に柏木昭男さんのギャンブル力について耳にしたトランプ氏は、彼をカジノに誘って柏木さんから大金を儲けようと企みます。

1990年2月、柏木さんはトランプ・カジノでバカラに勝負を挑みました。

そして、柏木さんは9億円以上の金額を勝利におさめました。

トランプ氏は大金を稼ごうと思ったのにもかかわらず、逆に大損失を食らってしまいます。

その時のトランプ氏は負けたことを根に持っており、その大金を取り戻すべくまた柏木さんをトランプ・カジノに誘い出します。

そして、柏木さんはまたバカラで勝負をして、約10億円を稼ぎました。

しかし、柏木さんはたまたま負けたのかそれとも相手に気を使ったのか、最後は約12億円の損失が出ました。

次の日に「ウォールストリート・ジャーナル」という新聞に「世界で最も派手なギャンブラー」という見出しで、柏木さんのことについて紹介されました。

さらに英国新聞にも掲載された模様です。

世界的に有名なギャンブラーとして名をとどろかした柏木さん。

しかし、彼の身にとんでもない悲劇が待ち受けていました。

有名になって約1年半年後、1992年1月3日に柏木さんは柏木家の台所で体の十数か所をナイフのようなもので刺されていた状態で遺体が発見されて死亡に至りました。

柏木の死について

この不可解な死については柏木さんがトランプ・カジノで負けた金額を支払わなかったので、返済を求めるためにトランプ氏が手下を送り込んだとか、別のカジノランドの借金がきっかけでオーストラリアのマフィアに殺害されたという噂が広まりました。

また、あまりにも急な死だったので、柏木さんがラスベガスで負債した5億円の金額を支払わずにこの世を去ったので、ヒルトンカジノの店長は今頃、顔面蒼白になっているという噂もたちました。

もともと、柏木さんは脅しや嫌がらせを使った手法でビジネス展開をしていた人間なので、そのことで柏木さんを恨む人間も少なくなかったみたいです。

だが、犯人がトランプ氏が送り込んだ手下なら、借金返済のために殺す・・・という手段は選ばないと思われます。死んでしまったら借金の返済ができなくなるので、その可能性は極めて低いと感じられます。

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